大判例

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岐阜地方裁判所 平成8年(行ク)6号 決定

申立人

上田武夫

申立人

近藤ゆり子

右両名代理人弁護士

山田秀樹

笹田参三

安藤友人

鷲見和人

仲松正人

河合良房

冨田武生

横山文夫

浅井直美

山崎則和

矢島潤一郎

被申立人

大垣市教育委員会

右代表者教育長

山本次能

右代理人弁護士

大塩量明

主文

一  被申立人が平成八年八月三〇日付けで申立人らに対してした別紙使用許可目録記載の各使用許可の取消処分の効力を本案判決が確定するまで停止する。

二  申立費用は被申立人の負担とする。

理由

第一  本件申立の趣旨及び理由は別紙行政処分執行停止の申立書記載のとおりであり、被申立人の意見は別紙意見書のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  本件取消処分に至る経緯等

本件記録によれば、以下の事実が一応認められる。

1  申立人上田武夫は、肩書住所地に居住し、「徳山ダム建設中止を求める会」と称する団体の代表をしており、申立人近藤ゆり子は、肩書住所地に居住し、同会の事務局の仕事を担当し、後記の本件施設の各使用許可申請において会場責任者として届け出ている。

被申立人は、大垣市スイトピアセンター条例(以下「本件条例」という。)により、地方自治法二四四条一項にいう「公の施設」たる大垣市学習館・文化会館(以下「本件施設」という。)についての使用許可及び許可取消の権限を有する者である。

2  申立人らは、「徳山ダム・建設省との対話集会」(以下「本件対話集会」という。)に使用するため、平成八年七月二四日被申立人に対し、行事の目的と内容・対話集会、入場人員八〇名、使用期間・同年一〇月一〇日午後一時から午後五時まで、使用場所・会議室5、使用団体名を「徳山ダム建設中止を求める会」として本件施設の使用許可の申請をし、被申立人は、即日右使用の許可をした。

3  次に、申立人らは、本件対話集会に使用するため、平成八年八月一二日被申立人に対し、行事の目的と内容・対話集会、入場人員四〇名、使用期間・同年一〇月一〇日午後五時から午後九時まで、使用場所・会議室4、使用団体名を「徳山ダム建設中止を求める会」として本件施設の使用許可の申請をし、被申立人は、即日右使用の許可をした。

4  さらに、申立人らは、「徳山ダム建設反対全国集会」(以下「本件全国集会」という。本件対話集会と本件全国集会とをあわせて「本件集会」という。)に使用するため、平成八年八月二四日被申立人に対し、行事の目的と内容・全国からの報告会、入場人員二〇〇名、使用期間・同年一一月二四日午前九時から午後零時まで、使用場所・スイトピアホール、使用団体名を「徳山ダム建設中止を求める会」として本件施設の使用許可の申請をし、被申立人は、即日右使用の許可をした。

5  被申立人は、同年八月三〇日申立人らに対し、本件集会が本件施設の設置目的に違反することを理由として、前記各使用許可を取り消す旨の処分をした(以下「本件取消処分」という。)。

6  申立人らは、同年六月ころから、同年一一月二三日に大垣市でダム建設問題等と取り組む活動をしている団体の総会を開催し、翌二四日に徳山ダム建設中止を求める全国集会を開催し、それと前後して建設省との対話集会を開催することを計画して、会場の確保や建設省担当者に出席等の打診を行っていたところ、同年七月二四日建設省及び水資源開発公団担当者らから同年一〇月一〇日に本件施設で行う対話集会に参加する旨の回答が得られたため、同日被申立人に本件施設の使用許可申請をしたものであり、また、本件施設の申込みが使用予定日の三か月前から受け付けることになっていたため、本件全国集会の三か月前である同年八月二四日に本件施設の使用許可申請をしたものである。

本件全国集会は、全国から約二〇〇名が参加する予定であり、申立人らは、本件施設の使用許可のあった後、本件集会についてのちらしを印刷し、全国に約三五〇〇枚ほど配布した。

また、本件対話集会には、建設省中部地方建設局河川部と水資源開発公団中部支社建設部の各担当者の出席が予定されており、すでに、同年一〇月一〇日に本件施設において対話集会が行われることを前提にして出席と進行についての打合せを始めている。

7  ところで、被申立人は、平成八年二月八日付けで、使用団体名「徳山ダム建設中止を求める会」、行事の名称「徳山ダムを考える学習会」、行事の目的と内容「学習会」、入場人員七〇名、使用期間・同年三月一〇日午前九時から午後四時まで、使用場所・会議室4とする本件施設の使用許可申請を許可し、右日時に同団体による使用がされている。

また、本件施設では、「西美濃の環境浄化を進める会」の主催する環境シンポジウムや、「くらし、しぜん、いのち県民ネットワーク」の主催する西濃の水とくらしを考える会の開催も予定されている。

二  本案についての理由

被申立人は、本件条例八条一項四号の「教育委員会が特に必要と認めるとき」には、本件施設の設置目的に違反するときが含まれるところ、本件集会は右設置目的に反するものであり、同号に基づいてした本件取消処分は適法であるから、本件申立は、行政事件訴訟法(以下「法」という。)二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」に当たると主張する。

1 本件施設は、地方自治法二四四条にいう公の施設に当たるから、被申立人は、正当な理由がない限り、住民がこれを利用することを拒んではならず(同条二項)、また、住民の利用について不当な差別的取扱をしてはならない(同条三項)。本件条例は、同法二四四条の二第一項に基づき、公の施設である本件施設の設置及び管理について定めるものであり、本件条例六条、八条一項の各号は、右の正当な理由を具体化したものであると解される。

そして、公の施設について、当該施設の種類、規模、構造、設備等の点からみて、その利用が不相当とする事由が認められる場合、すなわち、利用の目的が当該施設の設置目的に照らして不相当な場合に利用を拒否することは、同法二四四条二項の「正当な理由」に該当すると解される(最高裁平成七年三月七日判決・民集四九巻三号六八七頁、最高裁平成八年三月一五日判決・判例時報一五六三号一〇二頁参照。)。よって、本件条例八条一項四号「教育委員会が特に必要と認めるとき」には、本件施設の設置目的に違反するときが含まれると解すべきである。

申立人らは、憲法が保障する集会の自由の重要性から、設置目的を理由とする施設の許可の取消は許されない旨主張するが、そもそも、集会の自由は、そのための場所的条件の充足を公権力に請求する積極的権利であるとは言えないから、申立人らの右主張は理由がない。

しかしながら、基本的人権としての集会の自由の重要性に照らすと、集会の自由の制約は経済的自由の制約における以上に厳格な基準の下にされなければならない(最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照。)こと、及び本件取消処分が集会に対する事前抑制の性質を有するから、集会の自由の不当な制限につながらないために、設置目的による制約であっても、それが明確な基準によりなされることが必要であるといえる。

2 以上を前提に、本件集会が本件施設の設置目的に反するものか否かを判断する。

まず、本件施設の設置目的についてみるに、本件条例によると、スイトピアセンターの設置目的は、「市民一人一人が生涯を通じて自己啓発・自己研修に努め、自己実現を図り、生き甲斐のある生活を送るため、生涯学習の総合的な推進を図ること」(条例一条)、学習館の設置目的は、「市民が生き甲斐と潤いをもって様々な学習と活動を行うことを支援促進すること」(条例三条)、文化会館の設置目的は「市民の芸術文化及び社会教育の向上と福祉の増進を図る」こと(条例一五条)と規定されている。

前記のとおり、設置目的による制約であっても、それが明確な基準によりなされることが必要であるところ、本件条例に定める本件施設の設置目的は、生涯学習や教育文化的活動の推進という多義的・抽象的なものであるから、本件施設の使用許可申請に対する許否の判断は、集会の性質・内容について管理権者の価値判断を許容することがないよう行われるべきである。また、本件施設の現実の利用実体、さらに、一旦使用を許可した後にこれを取り消す場合は、使用できることを前提に行動した許可申請者の利益を無視することができないこと及び本件条例八条二項が同条による許可使用の取消によって使用者が受けた損害について市が責任を負わない旨規定していることなどを考慮すると、一見明白に設置目的に反するといえる場合にのみ、これを理由とする使用許可取消が許されると解すべきである。

そこで、本件集会の性質等をみるに、本件記録によると、本件対話集会は、申立人らの主張である徳山ダムの建設中止を求めつつ、建設の是非を巡って建設省等の担当者との意見交換を目的とするものであり、本件全国集会は、申立人らの活動である徳山ダム建設中止に向けた活動の報告と全国のダム建設等の問題に取り組む人達の交流・意見交換を目的とするものと解され、いずれも被申立人が主張するように、徳山ダム建設中止という申立人らの主張ないし意見を推進するための社会運動の色彩を帯びた集会であるといえる。

しかしながら、社会運動は、社会に生起する様々な問題に対して主体的に取り組み、その解決を目指して世論に呼びかけ、自己の主張を政策等に反映させることであり、そこには自己啓発・自己研修・自己実現等学習の要素が多分に含まれているから、生涯学習ないし教育文化的活動とは別の次元に属する人間活動であるとは到底いえない。さらに、前記一7に認定した本件施設の利用状況等も総合すると、本件集会は、一見明白に本件施設の設置目的に反するとはいえない。

3  よって、本件取消処分は、本件条例八条一項四号の適用を誤り、地方自治法二四四条二項にいう正当な理由がないのに公の施設の利用を拒んだものであり、違法である。

したがって、本件申立は、本案について理由がないとみえるとは到底いえない。

三  回復困難な損害を避けるための緊急の必要性

被申立人は、他の代替会場を確保することが可能であるから、本件は、法二五条二項の「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要」がない旨主張する。

1  本件対話集会について

前記一に認定した本件対話集会の日程、申立人らが本件施設での開催を計画するまでの経緯、開催準備状況、右集会が建設省等の担当者との対話集会であることから、開催場所が変更された場合、特にその後の準備に期間を必要とすることが予想されることなどからすれば、本件対話集会の参加予定者数が八〇名(会議室5)、四〇名(会議室4)とその規模が比較的小さいことを考慮しても、申立人らにおいて本件対話集会の予定日までに他の代替会場を確保して開催場所を変更することは、事実上不可能なものと考えられる。

2  本件全国集会について

確かに、本件取消処分がなされてから、本件全国集会の開催予定日である平成八年一一月二四日までは約三か月間もの期間があり、その集会の予定人数が二〇〇名であることから、他の代替会場を確保することは可能のようにもみえる。

しかしながら、申立人らが本件会場での開催を計画するまでの経緯、すでに本件全国集会を行う旨のちらし等を全国に配布していること、本件取消処分後の申立人らの代替会場の検討の結果及び本案の理由の疎明の程度に照らせば、開催予定日までの期間や右集会の規模を考慮しても、申立人らにおいて本件全国集会の予定日までに他の代替会場を確保して開催場所を変更することは、事実上不可能なものとみるべきである。

3  そして、本件集会の中止等による不利益は、その性質上金銭的補償によって事後にこれを回復することが困難なものと解される。よって、本件取消処分については、これにより生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるものというべきである。

四  公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ

本件取消処分の執行を停止した場合、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると一応認められるような具体的事情の疎明はない。従って、右執行停止によって公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるということはできない。

五  結論

よって、申立人らの本件申立は理由があるからこれを認容することとし、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官谷口伸夫 裁判官鬼頭清貴 裁判官明石万起子)

別紙〈省略〉

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